江戸時代には桟瓦が発明されました。このことは、長い瓦の歴史の中で特筆すべきことです。桟瓦は延宝4年(1674)に西村半兵衛という人が工夫してこしらえ、三井寺の万徳院玄関の屋根に使われたのが最初だといわれております。
江戸幕府は当時、たび重なる大火に悩まされておりまして、火事による被害を最少限度にくいとめたかったのでしょう。屋根を瓦葺きにすることを奨励します。初めは武家屋敷から、そして町人、とくに商家へ広めます。合わせて壁を土蔵と同じようにしっくいで塗り、腰高までをなまこ壁にします。江戸時代の住宅ローンとでも言いましょうか、瓦屋根に改築するために10年間で返済の貸付けもしました。
いずれにしましても、桟瓦の発明は瓦葺き建物の普及に大きく役立ちました。同時に、瓦作りが産業として次第に確立していくことになります。
江戸時代の瓦で大きなできごとがまだ一つあります。それは軒平瓦の文様部が中央寄りに狭くなったことです。両脇の外縁の部分が広くなったのです。軒平瓦の両脇は、どのような文様を飾っても屋根に茸き上げてしまえば軒丸瓦に隠れて全く見えません。千年もの長い間、なぜそのことに気づかなかったのでしょうか。これもコロンブスの卵の一つのような気がします。